ゆっくりとした動作で、一つ、二つ、三つ。クラピカの予想通り、角砂糖は三つ。カップに沈んでいったそれらは、ぷくぷくと小さな笑い声のような泡を控えめに出しながら少しずつ溶けていった。
流れるような動作で無駄なく動いていくNameの手は、続いてやはり彼の予想通りミルクポットに伸ばされ、カップになみなみとミルクを注いだ。それを見て、クラピカは思わず誰にも悟られないような、小さな小さな笑みをこぼしてしまう。無意識に彼女を目で追い続けていると、楽しそうに紅茶を混ぜ合わせているNameと不意に目が合い、あわてて目線を逸らした。・・笑っていたの、見られただろうか。頬がかすかに暖かくなったのを感じた。
もう風には春の匂いが混じりさっぱりと気持ち良く晴れた日の午後、アフタヌーンティーがしたいというネオンの唐突な、でも確かな命令により(ここの館ではネオンの希望は速やかに命令とまわりのものたちによって判断される。)クラピカとセンリツとNameはネオンと共に小さな丸いテーブルを囲んでいた。なぜこのメンバーがテーブルを有するに選ばれたかといえば、それは単なるネオンの気紛れに他ない。いつも一緒にいる下女たちは雇主であるネオンと共にテーブルを囲むことに恐縮していたし、他に家に招くような友人などいるのかどうかも不明。それならば、ということでこの三人に白羽の矢が当たったのである。喜べばいいのか迷惑なのか、ただ断るわけにはいかず、微妙な顔つきで座っているクラピカとセンリツは傍から見れば奇妙そのものかもしれない。ただNameだけは、紅茶が好きであるというただそれだけの単純な理由で、この準備も妙にはりきっていた。ケーキを作る時間がなかったため買い出しに出向いたが、どのケーキが紅茶に合うかをショーケースから選ぶNameの目付きが爛々としていたことは言うまでもない。
「どうぞ」
中庭に面したテラスに置かれた小ぶりの丸いテーブル。各席にはティーセットがセッティングされている。まっさらな白いレースのテーブルクロスの中央に立派に居座っているケーキスタンドには、上段からサンドウィッチ、スコーン、そして小振りのケーキがいくつか、まるで宝石のショーケースのように顔を見せる。ノストラード家のコックが即席で作りあげたサンドウィッチはサーモンとローストチキン、それにキュウリのもの。スコーンも焼きたてで良い香りが漂い、その隣にはクロテッドクリームとストロベリージャムも添えられている。Nameが喜々と、でも恐ろしいくらいに真剣に選んだケーキは、マンゴーのタルトにブラウニー、そしてオーソドックスな苺のショートケーキだった。
それを見たネオンは途端に目を輝かせ、「素敵!」と後ろに立っていた下女の一人の手を取ってはしゃいだ。どうやらお気に召したようだ、とそっと溜め息をついたクラピカとセンリツの隣りで、Nameはただ楽しそうににこにことし、「それから、お嬢様のために、特別にこちらも」と従者を促した。
従者によって出されたのは、色とりどりのマカロンだった。ネオンはそれを見るや否や、わぁ、と喜びの声をあげ、「ころころして、目玉みたいでとっても可愛い」とさらにはしゃいだ。普段は人体収集という理解の範疇を越えた趣味を持つこの娘も、このようなかわいらしい菓子が好きなのだ(かわいいと思うポイントがよくわからなかったが)、やはり年相応の娘ということなのだろうか。クラピカは上の空でそんなことを考えた。
少女たちの嬉々とした喋り声が続くなか、木々が静かに揺れていた。
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「さっき、わたしのこと見て、笑ってたでしょう」
アフタヌーンティーに満足したネオンが上機嫌で自分の部屋に戻ったあと、後片付けをしていたNameがクラピカのほうを見て言った。センリツはライトに呼ばれてテラスを後にしていた。
「、あぁ、いや、…たいしたことじゃ、ないんだ」
いつものクラピカとは思えないようなはっきりしない返事に、Nameは少し興味をそそられ、からかってみたいような気持ちになる。
「たいしたことじゃないなら、何?」
ずい、と一歩クラピカに近付くと、クラピカが目に見えて狼狽した。Nameはそれを見て思わず苦笑してしまう。
「……その、君が、紅茶を、…あまりにも私の予想通りに、入れたものだから」
ボディガードの仲間内で食事を摂ることもあるので、クラピカとNameが共にテーブルを囲む機会は今までにもこれだけではなかった。そのとき、決まってNameは角砂糖を三つ、そしてミルクをたっぷりと注いで飲む。クラピカはそれを覚えてしまっており、あまり知られていないNameの癖、というか嗜好を、自分だけが知っていることを、本人に知られたくなかったのだ。まるで自分が彼女のことばかりを見ているようで、詰まるところ、恥ずかしかった。実際、無意識に彼女を目で追っている自分がいることも気付いてはいたのだが。
Nameはその返事を聞いて、目を丸くしたあと、湧き上がってくる温かい気持ちに笑みをこぼさずにはいられなかった。なんだ、クラピカって、そんな顔もできるんじゃない。
「またお茶飲みましょう。今度は二人、で。 ね」
この世界のできごとではないかのように、ゆっくり、嘘みたいに、中庭を風が通り抜けた。まるで水彩絵の具で色をつけたような、静かな日の午後のことだ。