短編 Wild Honey Pie すでにドアの合間から吹きこむ風はひやりと冷たくなっている。今年ももう残すところわずかとなり、漂う空気が少しずつ変わってきているのを感じていた。それは例えば店の近くの川沿いに咲く金木犀のなつかしいような香りや、ずいぶんと …
短編 Race With The Devil 薄暗いカウンターに並べられたウィスキーボトルのラベルのはしっこをぼうっと眺め、しばらく適当に相槌を打っていたけれど、途端にどうしようもなくばかばかしい気持ちになって、『ちょっと電話に出てくる』と言って嘘をつき、そのまま …
短編 Born to be blue ※ロストジャッジメントでサバイバーが『異人町で一番安全な店』と謳われていたことから書いたお話です。 大したネタバレはありませんが未プレイの方はご注意ください。 コツ、コツ、という自分の革靴がアスファルトを鳴らす音をぼん …
短編 Mockingbird 彼女はいつも街角のカフェのテラス席の一番端っこの席に座って、コーヒーカップを片手にひとり、本を読んでいた。ほぼ毎日のことだったので、顔を覚えてしまった。彼女がいる一角だけ世界から切り取られたような様子で、なぜだかすごく …
短編 レイニー 彼女はいわゆる雨女というやつだと思う。 明日や明後日の予報のように、だいたい晴れるのかそうではないのかわかっているときならまだ良い。問題なのは、たとえばめったに予約が取れない人気店の予約ができた時や、二人ともが楽しみ …
短編 Steady 最初は、あたたかく安全な繭のなかにふわりと浮いていると思った。次第に頭が冴えてきて、自分がベッドの中にいることと、隣に寝そべっている海藤さんの腕を枕にして、意識を手放していたことがわかった。カーテンは閉まっているが、ち …
短編 東京は夜の7時 その汚くうす暗い釣り堀はミレニアムタワーの裏にあった。そこで東や海藤がよく暇潰しをするのを知っていたから、は見当をつけてその少しなまぐさく安っぽい階段をヒールを鳴らして降りていった。 下のフロアを見ると、が思った通り …
短編 One more bet 「海藤さんってさ、ちゃんとどういう関係なの?」 よく晴れた午後、俺と海藤さんは事務所でコーヒーを飲んでいた。皮張りのソファはもうずいぶんとくたびれ、でもそれが心地よく身体に馴染む。コーヒーは以前真冬がくれたちょっと良い …
短編 There is デスクの一番大きい引き出しを開けると、奥のほうに何かが挟まっていた。あれ、空にしたと思ったのに。そう思って手を入れて引っ張りだしてみると、それはいつかの納涼祭でみんなで撮った写真だった。真島社長を真ん中にして集まり、カ …
短編 The fools who dream その日、ランチはあのピッツェリアに行こうと思った。 あのピッツェリアは、仕事のなりゆきで知った店なのだが、価格が良心的であるのはもちろん、味がとても口に合い、気に入りの店の一つになった。また、顔見知りのなじみでいつも …