She is a babe

 目を覚ますと、カーテンの隙間から光が差していた。朝だった。
 まだ意識は完全にこちらの世界には戻ってきていないものの、腰回りに少しの重みと、背後に何か温かい気配を感じる。
 それに導かれるように、温かい気配があるほうへ、少しまどろみながらも寝返りを打とうとした。が、それは叶わず、自分のすぐ隣に、人の身体が横たえられていることに気付いた。温かさの正体は、Nameの腰に手を回し、ぴったりと寄り添うようにして眠っているダニエルだった。


「……」
 首だけ、少しダニエルの方に向ける。
いつもポーカーフェイスを崩さず、ことば巧みにいたずらに人を煽り、涼しげな顔をして人を騙しまくっている悪い男は、ぐっすりと眠り込んでいるようだった。まるで安心な寝場所を見つけた猫みたいだ。おまけに、プラスとマイナスがしっかりと統合するように、ぴたりとNameの手に腰を回している。悪い賭博師も、安心して眠る時は眠るらしい。回されている腰の手に自分の手を合わせて、指の一本一本丁寧に弄ってみると、眠りから少し引き戻されたのであろうダニエルが、ほんの少しの掠れた唸り声をあげた。


「ダニエル」
「……あぁ」
 Nameは、寝起きのこの男の声がとても好きだった。いつもの彼に戻る前の、少し無防備な瞬間。掠れたような声がとびきりセクシーなのだ。
「おはよう、Name
「おはよう。帰ってたの、全然気がつかなかった」
「うん。あまりに気持ちよさそうに眠っていたものだから、思わず抱き枕にしてしまった」
 手に回された腰のことだ。ダニエルは緩慢な仕草でNameの腰周りをさすって、手を絡め直してくれる。こそばゆくて少し笑う。
「どうだったの、昨晩は?」
「面白いコレクションがまた増えたよ」
「それはよかった」
「あとで見てくれ」
「楽しみにしている」
 彼の、お世辞にも趣味がいいとは言えないコレクションは、日に日に増え続けている。でも、それはNameがとやかく言うところではないと思っていた。世の中の男は、時として女に理解できないものに夢中になったり、熱中したりするものだ。それは彼らの自由だ。自分には関係のないことだ。それがNameの持論だった。


 寝返りをうって、身体をダニエルのほうに向けた。ダニエルが髪を撫でつけてくれる。ダニエルの仕草は、計算されたように優しくて穏やかで知性的だ。もちろん、ベッドの中でさえも。Nameはそれがとても好きだった。
「もう起きる?」
「君がコーヒーを淹れてくれるなら起きよう」
「もちろん」


 ベッドとダニエルの温かさに名残惜しい気持ちを残しながらも、上半身を起こす。ダニエルの方を向くと、まだ身体を起こさず、再び目を閉じてまどろみかけていた。もう、嘘ばっかり。嘘じゃあない、君がコーヒーを持ってきてくれたらちゃんと起きるさ。くすくすと笑う。嘘みたいに平和だ。賭博師には似合わない。


「昨日は、おやすみのキスを貰えなかったわ」
「代わりに、おはようのキスを君にあげよう」
 そう言ってダニエルは、ベッドに身体を横たえたまま、Nameを意味ありげに見上げた。おまけに手まで握って。
 もう、仕方ないんだから。そういう態度を身体全体で訴えながらも、Nameは素直に顔をダニエルに近づける。生まれ変わっても、きっとこの男には敵いそうにない。だからいっそ、たっぷり甘えてしまうのが良いのだ。